最近、マウスの設定ばかりしています。
私が使っているマウスには、ボタンが10個くらいあります。
それぞれに操作を割り当てられるので、組み合わせまで考えると、できることはほぼ無限。
ショートカットを入れ替えてみる。
カーソルの速度を少し上げてみる。
やっぱり速すぎると元に戻す。
「このボタンにはコピーがいいか?」
「いや、ウインドウの切り替えか?」
そんなことを何十回繰り返したか、もう分かりません(笑)
そこまでやる必要ある?
と聞かれたら、たぶん、ないです(笑)
でも止められない。
最初は、ただ作業を速くしたかっただけなんです。
マウスから手を離す回数を減らしたい。
ショートカットをたくさん覚えなくても、直感的に操作できるようにしたい。
ただ、それだけのはずでした。
結局、何がしたかったのか
設定を繰り返しているうちに、ふと気づきました。
私が欲しかったのは、どうも「速く操作できるマウス」ではなかったみたいです。
マウスを意識しなくていい状態が欲しかった。

ブログを書いているとき。
患者さんの治療方針を考えているとき。
AIと対話しながら、頭の中を整理しているとき。
「あれ、この操作はどのボタンだっけ?」
たったそれだけで、考えていたことが一回どこかへ行きます。
ほんの数秒です。
でも、調子よく書いているときの数秒って、地味にイヤなんですよね。
一度止まる。
テンポが崩れる。
ちょっとイライラする。
また元の思考へ戻る。
鍼灸師らしく言えば、道具のところで「巡り」が止まっているような感じです(笑)
要するに、操作を速くしたいというより、マウスのことを考えたくなかったんです。
そのために私は、今日もマウスの設定画面を開いていたわけです。
……やっていることは、やっぱり地味です(笑)
よい道具って、目立たないのかも
そんなとき、ひもトレを考案した小関勲さんの言葉に触れました。
真のツールとは、使う人をその人自身へ回帰させるものだ、という趣旨の言葉です。
読んだ瞬間、
「あ、これだ」
と思いました。
よい道具は、「こんなこともできます!」とずっと主張してくるものではないのかもしれません。
いつの間にか普通に使っていて、道具のことを忘れている。
そのほうが、自分のやりたいことに集中できます。
そう考えると、マウスは単なる入力機器ではありませんでした。
私にとっては、思考の流れを邪魔しないための道具だったんです。
もちろん、ここまで設定しなくても困らない人はたくさんいます。
むしろ、そのほうが普通だと思います(笑)
でも私にとっては、小さなストレスが減ることで、文章を書いたり、患者さんのことを考えたりする時間が少し心地よくなりました。
よいツールは、自分の代わりになるものではなく、自分が動きやすくなるものなのかもしれません。
これはマウスだけの話じゃない
面白いのは、この考え方がマウス以外にも当てはまりそうなことです。
機能はたくさんあるのに、使うたびにちょっと疲れる道具。
高性能だけど、こちらが道具に合わせないといけないもの。
反対に、特別なことはしていないのに、使うと自分の感覚が戻ってくるもの。
道具を選ぶとき、機能や速さばかりを見てしまいます。
でも、案外大事なのは、
「それを使っているとき、自分は自然でいられるか?」
なのかもしれません。
先日、患者さんから聞いた「指輪」の話でも、まさに同じことを感じました。
マウスの次は指輪。
急に話が飛んだように見えますが、私の中ではちゃんとつながっています(笑)
その話は、「真のツールとは何か?② 指輪の数値が教えてくれたこと」へ続きます。

