前回の記事
「体の感覚が先で、思考は後」では、
体が先に感じるという話を書きました。
人は頭だけで考えているのではなく、
その前に体が何かを感じているのかもしれない。
そんな話です。
似たテーマは、以前書いた
取り上げました。
そこでは、体の内側を感じる「内受容感覚」と、
心と体は切り離せないという
「身心一如(しんしんいちにょ)」について
紹介しています。
今回は、そこからもう一歩だけ進めてみます。
私たちの記憶や注意、感情、
そして「何かをしよう」とする行動に、
心臓や肺、胃腸などの状態も
関わっているとしたら。
心と体の関係は、思っていたよりずっと深そうです。
心臓も、肺も、胃腸も、思考に参加している
今回きっかけになったのは、
「The Mind From Within: Visceral Roots of Human Cognition」
というレビュー論文です。
日本語にすると、
「内側から生まれる心――
人間の認知を支える内臓の働き」
といった意味でしょうか。
論文では、人は脳だけで
考えたり行動したりしているのではなく、
心臓、肺、胃腸などの内臓も
関わっていると整理されています。
たとえば、心臓の拍動と
そこから伝わる信号は、
知覚や人との関わり方に
影響する可能性がある。
呼吸のリズムは、注意や学習と関係する。
胃腸の動きや迷走神経を通る信号は、
感情や意思決定と関係する。
体の内側では、こうした情報が絶えず脳へ送られています。
脳は外の世界だけを見て判断しているわけではありません。
「心拍はどうなっているか」
「呼吸はどうなっているか」
「胃腸はどうなっているか」
体全体の状態を受け取りながら、
覚える、注意を向ける、決める、行動する。
そうした働きを調整していると
考えられています。

論文では、これを
「deep embodiment」と表現しています。
日本語にするなら「深い身体性」です。
体は、脳が考えたことを実行するだけの入れ物ではない。
体の状態そのものが、
私たちの考え方や行動の土台になっている。
これまで身心一如として語られてきたことを、
心臓、呼吸、胃腸などから
改めて見直す考え方だと、私は感じました。
ただし、この分野はまだ研究の途中です。
内臓の状態が高度な認知を
どこまで直接変えているのか。
因果関係を確かめる研究は、
これからさらに必要だと
論文でも述べられています。
体の状態が、できることを変える
この話を読んで、臨床で関わった
患者さんのことを思い出しました。
以前、全身のさまざまな場所に痛みがあり、
仕事を続けることが
難しくなっていた方がいました。
痛みが続いていると、仕事へ行く、
人に会う、外へ出るという
一つひとつの行動が大きな負担になります。
「やりたいか、やりたくないか」を
考えるより前に、体の状態によって、
できることの範囲が
狭くなっていたのかもしれません。
その方は、体の治療を重ねていく中で、
少しずつ前向きな言葉が増えていきました。
やがて仕事に復帰し、
趣味でYouTubeまで始めたんです。
もちろん、鍼灸だけで
その方の人生が変わった、
と言いたいわけではありません。
ご本人の力や周囲の支え、時間の経過など、
いくつもの要素があったはずです。
ただ、痛みに占められていた体に
少し余裕が生まれると、
気持ちだけでなく行動まで
変わることがある。
私は臨床で、そういう場面を見てきました。
体が楽になることは、
単に痛みの数字が下がることだけではありません。
その人が、もう一度やりたいことへ
向かえるようになることでもあるのだと思います。
心を整えるのに、体から入ってもいい
先日、栄養学の先生と話していて、
改めて気づいたことがあります。
栄養療法は、気持ちを直接
変える方法ではありません。
食事や胃腸の状態、
体に必要なエネルギーなどを見ながら、
その人が動きやすい土台を整えていきます。
鍼灸も、入り口は体です。
触れたり、鍼をしたりしながら、
痛みや緊張、呼吸など、
今の体に起きていることを確かめていきます。
心がつらいときに体を見ることは、
話をそらすことではありません。
心と体を最初から二つに分けなければ、
体から入ることも自然な選択肢になります。
もちろん、栄養や鍼灸だけで
心の問題がすべて解決するわけではありません。
必要に応じて、医療機関や
心理的な支援につながることも大切です。
それでも、心を整えたいときに
体から始めることは、決して遠回りではありません。
鍼灸は、心と体を分けずに、
その人がもう一度動き出すための土台を
一緒に見つける入り口です。

