真のツールとは何か?③ 見えることが、答えとは限らない

前回は、睡眠リングの話を書きました。

患者さんの身体で起きていた変化を、数字が教えてくれた。

でも、その数字が身体そのものではありません。

身体に起きていた変化を、あとから教えてくれたに過ぎない。

そんなことを書きました。

今回は、はり治療院ここから本庄院で

毎日のように使っているエコー(超音波画像診断装置)の話です。

「エコーがあると安心です」

患者さんから、

「エコーがあると安心ですね。」

と言っていただくことがあります。

その気持ちは、とてもよく分かります。

見えないものが見える。

それだけでも安心感がありますよね!

さらに、

「エコーがあると、よく治るんですよね。」

そう聞かれることもあります。

エコーは、身体を治す道具ではありません

エコーは、とても優れた機械です。

身体の中で筋肉や腱、神経、血管がどこにあるのか。

鍼がどこへ届いているのか。

そういったことを確認することができます。

だからといって、

エコーそのものが身体を変えてくれるわけではありません。

エコーは、身体を「見る」ための道具です。

それ以上でも、それ以下でもないんです。

見えても、分からないことがあります

エコーを使っていると、あらためて感じることがあります。

身体は、とても複雑です。

画像で変化が見えても、その人はまったく痛みを感じていないことがあります。

反対に、

画像では大きな変化が見つからなくても、強い痛みで困っている人もいます。

もし、

「画像に異常があるから痛い。」

「画像に異常がないから大丈夫。」

そんなふうに単純に考えてしまったら、多くの患者さんを説明できません。

身体は、そんなに単純ではないからです。

本当に見たいもの

ぼくがエコーを使う理由は、

「見えるから正しい。」

ではありません。

触診で感じたこと。

身体を動かして分かったこと。

患者さんが話してくださったこと。

そしてエコーで見えたこと。

それらを一つずつ重ね合わせながら考えるためです。

エコーだけを見ることはありません。

身体全体を見ようとすると、その中の一つとしてエコーがある。

ぼくにとっては、そのくらいの存在です。

真のツールとは何か

便利な道具は、これからも増えていくと思います。

睡眠リングも。

エコーも。

そしてAIも。

どれも、本当に素晴らしい道具です。

でも、道具が主役になってしまった瞬間、

本当に見るべきものを見失ってしまうことがあります。

見るべきなのは、画像ではありません。

数字でもありません。

その奥にいる、一人の患者さんです。

患者さんの身体を、もう少し深く知るために。

次回は、このシリーズの最後です。

AIという新しい道具が、鍼灸を奪うのか。

それとも、治療家をもっと治療家らしくしてくれるのか。

そんなことを書いてみようと思います。