思考を止めて、身体に聞く。源(ソース)に繋がる「あるあるワーク」で本当の願いに出会う旅

こんにちは。はり治療院ここから前橋院の黒沢ちあきです。

「内面のテクノロジー」を学ぶラーニングサークルも、いよいよ第4回目を迎えました。

これまでの3回では、自分の中にある「イケてる私」と「ダメな私」という境界線、つまり“自己分離”の構造について学んできました。

私たちは無意識のうちに、

「これは良い自分」
「これは見せてはいけない自分」
「こんな私はダメ」

というように、自分の中に線を引いてしまうことがあります。

第4回目からは、その分離に気づいた私たちが、どうやって「あるがままの自分」へ戻っていくのか、という新しいステージに入りました。

今回体験したのは、通称「あるあるワーク」。

講師の方々が「最初は意味がわからないかもしれない(笑)」と前置きするほど、少し不思議で、でもとても深いワークでした。

嫌なことが起きたとき、私たちはすぐに頭で考える

私たちは普段、嫌なことが起きると、すぐに頭をフル回転させます。

「なぜこんなことが起きたのか」
「あの人が悪いのではないか」
「私はどうすればよかったのか」
「次はどう対策すればいいのか」

そんなふうに、出来事を分析し、意味づけし、正解を探そうとします。

これは、私たちがこれまで生き延びるために身につけてきた“適応”の動きでもあります。

もちろん、考えることが悪いわけではありません。

でも、思考だけで答えを出そうとすると、同じところをぐるぐる回ってしまうことがあります。

頭ではわかっている。
でも、心がついてこない。
理由は説明できる。
でも、身体の奥にモヤモヤが残っている。

そんな経験はありませんか?

「源(ソース)」につながるという考え方

今回の講義では、思考とはまったく違うルートとして、「源(ソース)」につながるという考え方を学びました。

少し不思議に聞こえるかもしれませんが、私はこれを「本来の自分の知恵に戻ること」だと受け取りました。

何かが起きたとき、すぐに頭で解決しようとするのではなく、

「今、身体には何が起きているのか?」
「どこがギュッとしているのか?」
「どんな色、形、重さ、温度として感じられるのか?」

と、身体の感覚に静かに意識を向けていく。

すると、思考ではたどり着けなかったような、本音や願いに触れることがあります。

身体は、私たちが頭でごまかしてきたことも、静かに記憶しているのかもしれません。

身体感覚を追いかける「あるあるワーク」

今回体験した「あるあるワーク」は、不快な出来事を思い出し、そのとき身体のどこに、どんな感覚があるのかを丁寧に観察していくワークです。

たとえば、誰かに強く言われた。
責められたように感じた。
怖かった。
悔しかった。
言い返せなかった。

そんな出来事を思い出したとき、私たちはつい、

「相手が怖かった」
「自分が弱かった」
「あの場面が嫌だった」

と、出来事や相手に意識を向けがちです。

でも、このワークでは、そこから一度離れます。

そして、自分の身体に戻ります。

胸が苦しいのか。
喉が詰まるのか。
お腹が重いのか。
肩に力が入っているのか。

その感覚を、良い悪いで判断せずに、ただ見ていきます。

「怖い」の奥にあった、本当の願い

ワークのデモンストレーションでは、ある参加者の方が「怖い上司に詰められた」という体験を扱っていました。

最初、その方の身体には、胸のあたりに「赤くて丸いソフトボールのような塊」があるように感じられたそうです。

それを否定せず、消そうともせず、ただ感じ続けていく。

すると、感覚が少しずつ変化していきました。

赤かった色が緑色に変わり、胸の中の塊がふわーっと広がっていくような感覚になっていったそうです。

そして最後に出てきたのは、

「本当は平和でいたい」
「自分の大切にしていることを、ちゃんと伝えたい」

という、とても純粋な願いでした。

「怖い」
「嫌だ」
「ムカつく」
「悲しい」

そんな感情の奥には、実は自分が大切にしているものが隠れているのかもしれません。

感情は、私たちを困らせるものではなく、本当の願いに気づかせてくれるサインなのだと感じました。

身体の感覚は、本来の自分に戻る入り口

私たちは、大人になるにつれて、身体の感覚を置き去りにしがちです。

本当は疲れているのに、まだ頑張れると言い聞かせる。
本当は嫌なのに、笑顔で合わせる。
本当は傷ついているのに、大丈夫なふりをする。

そうやって生きているうちに、自分が何を感じているのか、自分でもわからなくなることがあります。

でも、身体はいつも正直です。

胸がギュッとする。
呼吸が浅くなる。
お腹が重くなる。
肩に力が入る。
涙が出そうになる。

それらはすべて、身体からのメッセージなのだと思います。

その感覚を、リハビリのように少しずつ取り戻していく。

すると、不快だと思っていた感覚が少しずつほどけ、その奥にある「本当はどうしたいのか」に出会えることがあります。

「ない」と感じるのは、かつて「あった」ことを知っているから

今回の講義で、特に印象に残った言葉があります。

「“ない”と感じるのは、かつてそれが“あった”ことを知っているから」

つながりがない。
安心がない。
愛されていない。
わかってもらえない。

そう感じるとき、私たちはとても苦しくなります。

でも、それは本来の私たちが「つながり」や「安心」や「愛」を知っているからこそ、失われたように感じるのかもしれません。

最初から知らなければ、「ない」と感じることもできない。

そう考えると、苦しみの奥にも、ちゃんと希望があるように感じました。

イライラやモヤモヤは、自分に戻るサイン

日々の中で、イライラしたり、モヤモヤしたり、誰かの言葉に過剰に反応してしまうことがあります。

そんなとき、すぐに答えを出そうとしなくてもいいのかもしれません。

一度、目を閉じてみる。

そして、

「今、身体のどこが反応している?」
「そこにはどんな感覚がある?」
「色や形で表すと、どんな感じ?」

と、静かに問いかけてみる。

思考を止めて、身体に聞く。

それは、自分の源に戻るための、とてもシンプルで深い入り口なのだと思います。

私自身も、まだまだ練習中です。

でも、身体の声を聞く時間を持つことで、自分の中にある本当の願いや、大切にしたいものに少しずつ気づけるようになってきました。

次回は、私たちが源につながるのを邪魔する「恐れ」の正体について学んでいきます。

心と身体は、いつもつながっています。

日々の不調や違和感も、自分を責めるためのものではなく、本来の自分に戻るためのメッセージなのかもしれません。

はり治療院ここからでは、鍼灸、ヨガ、講座を通して、身体と心の両面から自分を整える時間を大切にしています。

「最近、身体がずっと緊張している」
「頭ではわかっているのに、心がついてこない」
「自分の本当の気持ちがわからない」

そんな方は、まずは身体の声を聞くことから始めてみませんか?

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