めんどくさいの正体② 〜じつはファシアも関係している?〜

以前、「めんどくさいの正体 〜子どもとの会話で気づいたこと〜」という記事を書きました。

めんどくさいって、脳がエネルギーを使わないようにするための生存本能なんじゃないか?

というお話です。

あの記事を書いてからも、めんどくさいについてちょこちょこ調べていました。

どれだけめんどくさいに興味があるんだ、という話なんですが(笑)

極度のめんどくさがりとしては、やっぱり気になるんですよね。

掃除をしようと思っていたのに、気づけばソファでスマホを見ている。

やらなきゃいけないことは、ちゃんと分かっている。

でも、体が動かない。

そして夕方になって、

「ああ、今日も何もしなかった……」

と、ちょっと落ち込む(笑)

この「めんどくさい」は、本当に気持ちだけの問題なんだろうか?

そんなことを考えていたら、またひとつ面白い考え方に出会いました。

これが、ファシアを診ている鍼灸師として

「あれ? これって、ファシアともつながるんじゃない?」

と、すごく腑に落ちる内容だったんです。

ということで、めんどくさいの正体、第2弾です。

やることを前に、ソファから動き出せずにいるあやとさんの挿絵
脳は勝手に「今日の予算」を組んでいる

私たちの脳は、何かを始める前から、

「これから、どのくらいエネルギーが必要か」

を先回りして予測しているそうです。

これをアロスタシスといいます。

少し難しい言葉ですが、簡単に言えば、脳が体の予算を管理しているようなものです。

今日は体力に余裕があるのか。

それとも、もうあまり残っていないのか。

脳は心拍や呼吸、疲労など、体から届くいろいろな情報をもとに、その予算を組んでいます。

ところが、疲れやストレスが続いていると、脳はかなり慎重になる。

何かを始めようとしただけで、

「いやいや、今日はやめておこう」

と、早めにブレーキをかける。

やる気はあるのに、なぜか動けない。

そのブレーキが「めんどくさい」という感覚になっているのかもしれません。

つまり、やる気がないというより、脳からしたら

「いや、今日は予算がありませんから!」

ということ(笑)

こちらが気合いで何とかしようとしても、脳は体を守ろうとしているので、なかなか動いてくれない。

めんどくさいは、意志が弱いからではなく、体を守るためのブレーキかもしれない。

そう思うと、動けない自分を少しだけ許せる気がしませんか?

ここで、まさかのファシア登場

で、ここからが私の中で一番盛り上がったところです(笑)

脳が身体予算を組むには、今の体がどんな状態なのかを知る必要があります。

その情報に関わっている組織のひとつが、全身に広がるファシアです。

めんどくさいの話をしていたのに、急にファシアが出てきました(笑)

でも、私の中ではちゃんとつながっているんです。

ファシアというと、「筋肉を包んでいる膜」というイメージがあるかもしれません。

でも、ただ包んでいるだけではありません。

筋肉や血管、神経、内臓などをつなぎながら、体の状態を感じ取る場所のひとつでもあります。

そしてファシアには、体の状態を感じ取る感覚神経が分布しています。

全身のネットワークから脳へ情報が集まる様子を表した概念図

つまり脳は、ファシアなどから届く情報も参考にしながら、

「今日はどのくらい動けそうか」

を判断している可能性があるわけです。

もし、疲労や緊張で体がずっとこわばっていたら?

ファシアを含め、体から脳へ届く情報も、いつもとは変わるかもしれません。

まだ少し余裕があるのに、脳が

「もう限界です!」

と、早めに判断してしまう。

その結果、何かを始める前からめんどくさくなる。

これ、ありそうじゃないですか?

ただし、ここは大事なところです。

「ファシアが硬くなると、脳の予算管理が狂って、めんどくさいが生まれる」

という一連の流れが、人で直接証明されているわけではありません。

ここから先は、日々ファシアを診ている私なりの見立てです。

めんどくさいは、心の問題だけではなく、体から届く情報の問題かもしれない。

「自分は怠けている」と責める以外にも、見方がありそうですよね。

「やる気」より先に、体を軽くしてみる

鍼が届くのは、皮膚や筋肉、その間にあるファシアの層です。

鍼による刺激は、末梢から脳へ届く感覚にも関わります。

ただ、施術のあとに、

「体が軽くなった」

「少し動いてみようという気になった」

と話す方がいます。

もちろん、鍼をすれば「めんどくさい」が治る、なんて単純な話ではありません。

鍼で性格や意志が変わったとも考えていません(笑)

ただ、体にかかっていた負担が減って、動くための余裕が少し戻ったのではないかと思うんです。

体が変わると、「めんどくさい」の感じ方も変わるかもしれません。

何をするにもおっくうで、体にも痛みやこわばり、疲れが残っている。

そんなときに必要なのは、さらに自分のお尻を叩くことではなく、体に少し余裕をつくってあげることなのかもしれません。

前回は、めんどくさいを

「大事なことに踏み込もうとしているサイン」

と捉えました。

今回はそこに、もうひとつ。

「ちょっと体が疲れているよ」というサインも加えてみたいと思います。

めんどくさいと感じたら、気合いを入れる前に、まず自分の体に聞いてみる。

「今、疲れてない?」と。

私も次にソファから動けなくなったときは、そうしてみようと思います。

まあ、そのままスマホを見続ける可能性もありますが(笑)

めんどくさいを責めるのではなく、その奥にある体の声を聞いてみる。

そんな向き合い方も、ありなんじゃないでしょうか(^^)