患者さんと、バイクを手放したという話をしていました。
最近はあまり乗らなくなったので、売ったそうです。
そのときに出てきたのが、乗らなくても「あるのとないのでは違う」という話。
ああ、分かるなあと思いました。
僕にも、手放した自転車があります。
大学生の僕には、大きな買い物でした
大学時代、自分にとっては大金をはたいて、イタリアのロードバイクを買いました。
今でもそのときのことを覚えているくらいなので、当時の僕にとっては、なかなかの買い物だったんですよね。
その後、群馬で結婚してからは、乗ることもなくなりました。
持ってはいるけれど、乗っていない。
そんな状態になって、たまたま来ていたリサイクル業者に持っていってもらったことがあります。
乗らないから手放す。
理由としては、普通なんですけどね。
自転車はないのに、乗りたい日は来る
今でも、天気のいい日には思います。
自転車で走りたいなー、と。
サイクリングロードを見ると、なおさらです。
もう自転車は手元にないんですけどね。
毎日乗りたいわけでも、今すぐ買おうという話でもなくて。
でも、あれば「今日は乗ろうかな」と思える。
手放したときは全然乗っていなかったのに、なくなってからも、ときどき乗りたくなる。
ちょっと困ります(笑)。
こうであったはずの未来
そういえば、以前、中野信子さんの話をきっかけに、こんなブログを書いたことを思い出しました。
人は、実際に失ったものだけでなく、「あのとき、ああしていれば」という思いにも苦しむ、という話です。
今回の自転車の話も、どこか似ているなと思いました。
手放していなければ、天気のいい日にサイクリングロードを走っていたかもしれない。
そんな「こうであったはずの未来」を、ちょっと惜しんでいるのかな。
まあ、実際には持っていた頃も乗っていなかったんですけどね。
また乗る日が来るのかな。
とりあえず今は、道を見ながら「走ったら気持ちよさそうだなー」と思っています。

